不登校の時の健康診断について
こんにちは。
「心の自立支援員」幸来(サチコ)です。
不登校に関するお悩みは色々あるかと思います。
学校で健康診断が受けられないというのも、その一つではないでしょうか。

そもそも、なぜ学校で健康診断を受けなければならないのでしょうか。
学校での健康診断は、学校保健安全法という法律が根拠となります。
この法律に基づき、学校側は健康診断を実施する義務があり、生徒側も受診する義務があります。
受診しなくても特に罰則はないですが…。
健康診断を受診することで病気などが発見され、早期治療に繋がることもあるでしょう。
また、成長期にある児童生徒の発達状況を確認するという目的もあると思います。
ですから、そのような機会が失われるということを不利益と感じる方もいるのではないでしょうか。
(本当は「義務」であって「権利」や「利益」ではないのですけどね)
私の現在の勤務先は通信制の高校ですが、同様に受診義務があります。
といっても通信制なので、生徒が一斉にそろう機会がほとんどありません。
生徒数も少ないですし、保健室のような検診を行う場所もありません。
このような実情もあるため、学校で実施するという形ではなく、各自で受診した結果を学校に提出することとなります。
費用もおそらく各自で負担となっているでしょう。
(その辺りの事情は、事務を担当していないので詳しくは分からないのですが)
当然ですが、不登校でも引きこもりでも、同じように病院で健康診断を受けることは可能です。
ですが自ら病院へ出向く労力と、費用の自己負担が必要です。
普通に通学や就職をしていたら、学校や職場で負担してもらえるはずの費用がかかるのです。

私の子どもも不登校になって以降、この投稿時点まで健康診断は受診していません。
かつては受けさせたい気持ちもありました。
ずっとゲームなどをやっていたり、歯磨きもキチンとできていない…。
そんな生活を送っていると、視力や聴力、歯科検診など、気になる項目は多々あります。
それでも費用のことや本人はどう思っているのかなどを悶々と考えてしまい、結局何もしていません。
時々体調が悪くなった折りに、病院で診ていただくことはあります。
当然ですが、健康診断のように全般を診てもらえるわけではありません。
本人が無自覚であったり、自覚があっても意思表示をしない症状が見逃されてしまうこともあるでしょう。
そのことへの不安も相当ありました。
ですが、不登校になった当初は、治療がどうこう以前に、病院へ行くこと自体にこのような感情が湧きました。
学校には行けないけど、病院には行けるんだ…。
カウンセリングには行かないけど、病院には行くんだ…。
体調が心配な反面、病院とはいえ外と繋がりを持てたことに、変な安堵感を覚えました。
当時の私は、こんなにも不登校に対する切実な悲壮感を持っていたんですよね。
ただ、「心の自立」をそれなりに学んだ現在は、どちらでもいいと思えるようになりました。
健康診断を受診していても、見逃される症状もあるでしょう。
健康診断を受診していなくても、健康でいられることもあります。
実際に私の前職の同僚の方は、毎年人間ドックを受けているにもかかわらず、子宮がんを見逃されたことがありました。
私自身も、キチンと毎年健康診断や人間ドックを受けていました。
にもかかわらず、糖尿病が原因で緊急入院することとなったのです。
これは健康診断で見逃されたというよりは、症状の進行が早かったことによるのですが…。
このように健康診断で100%防げるものではありません。
反対に、全然健康診断を受診しようとしない方もいるのですが、この方が病気で休むところを見たことがありませんでした。
繰り返しになりますが、不登校や引きこもりになると、健康的とは言い難い生活習慣になることが多いです。
そのことを心配する気持ちも当然ありました。
でもそれだけではなく、
普通に通学や通勤をしていたら、健康診断してもらえるはずなのに…。
そんな「普通は…」「○○なはず」という思いに囚われていました。
ですが、子どもの不登校を契機に、様々な方法で心のあり方を学び、そのような思いも少しずつ減ってきました。
それでも正直なところ、子どものことに関しては、完全に無くなったとまでは言えません。
まだまだ修行中の身です(笑)
ですが、私自身のことに関しては、かなり楽になりました。
先ほども少し触れましたが、私の糖尿病は1型という不治のものになります。
合併症などの心配もありますが、現代の医学で日常生活を送れるような対処は可能です。
それでも、病院にかかるのがあと少し遅かったら、命に関わっていました。
治るはずの病
救えるはずの命
そのような言葉を耳にする機会もあるかと思います。
私の命は「救えるはずの命」だけど、救えなかったかもしれないのです。
それでも、「心の自立」を学ぶ前だったら、救われたことに感謝出来ず、この不治の病に嘆き悲しむ日々を送っていたかもしれません。
なぜなら、こんな経緯があったからです。
この年の健康診断受診時には、特に異常はありませんでした。
ですがその後、症状が進行しかけたタイミングで、急激な体重減少や喉の渇きなどの自覚症状はありました。
私はそれを糖尿病が原因だと認識できなかったのです。
なので、
もう少し職場の健康診断が遅い時期だったら…。
症状が進行しかけたタイミングで、私が病を自覚できたら…。
早期発見できたはず
治るはずの病だったかもしれない
そんな思いに苦しんでいたかもしれません。
でも、そのように必ずしも全ての物事が自分の都合良く動いてくれません。
自分でコントロールできないものは、受け入れていくしかないと思います。
自分でコントロールできないものを、出来ると勘違いしてしまうと不安や悩みが生まれます。
今回の記事にあるように、子どもの不登校などで、健康診断などの機会の損失を惜しむ気持ちが生じるのは、
あるべきはずの利益は全て行使できるはずだし、そうあるべきと考えているからです。
でも、与えられるべき機会や利益の全てをもれなく享受することなど、果たして可能でしょうか…。
そのような執着に心が囚われないようなあり方が、私のお伝えしている「心の自立」というものになります。
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