引きこもりは孤独なのか
こんにちは。
「心の自立支援員」幸来(サチコ)です。
引きこもりの方は、孤独なのでしょうか。
引きこもりというのは、家族以外の他人や社会との関わりがない状況を指します。
中には家族とも関わろうとしない方もみえるでしょう。
そのような状況から、引きこもり=孤独と考えられがちかもしれません。
そして家族を含めて周囲の方々は、その孤独な状況を憂いて、何とかしなければ…と思うでしょう。

孤独を憂うのはなぜでしょう。
ひとりでいるのは寂しいことであり、人は誰かと関わらなければいけないという思いがあるからかもしれません。
確かに孤独は寂しいと思う方が多いでしょう。
ですが、引きこもるから孤独なのではありません。
私は自分が引きこもった経験はないので断言まではできませんが、その前段階で、孤独を感じていたから引きこもるのではないでしょうか。
孤独は一人でいるときよりも、他者と上手く関われない最中の方が強く感じやすいと思います。
上手く関われる他者と、上手く関われない自分を比較してしまうからです。

私の好きなアニメ「SLAM DUNK」のED曲、ZARDの「マイフレンド」でもこのように歌われています。
「ひとりでいるときの淋しさより
二人でいるときの孤独のが哀しい」
独りなら、孤独で寂しいのは自然なことです。
そして独りじゃないなら、孤独なんて感じないはず…。
それなのに、孤独を感じる自分はおかしいのではないか…。
要は「あるべきではない」孤独感から逃れるために引きこもるのです。
そして「あるべきではない」自分から目を背けるために、ゲームや動画鑑賞などに没頭するのです。
むしろ引きこもっている最中は、孤独で寂しいなどと感じる心の余裕もないのではないでしょうか。
そもそも「孤独」をネガティブなものと感じているからこそ、「孤独な自分」や「孤独な家族」に対してダメだしをするのです。
そうです。
実は孤独はそう「感じて」いるだけなのです。
「感じて」いるのは、その方がそのように捉えているだけなのです。
なので独りだろうが大勢と居ようが、その方の主観的な捉え方次第なのです。
ちなみに、この「主観的な物事の捉え方」のことを「観念」といいます。
観念が変われば感情や思考も変わり、その後の言動や結果も変わってきます。
これを「観念の法則」といい、私の心理学の先生の稲津秀樹さんが提唱されている法則です。
孤独をネガティブに捉えると、ネガティブな感情(寂しい、哀しい)や思考(寂しいのは良くないから改めなければ)が湧きます。
その後の言動や結果もネガティブなものを招いてしまいます。
最近では「おひとりさま」を楽しむ方も増えていますよね。
独りでいることをポジティブに捉えているからこそ、おひとりさまの行動を楽しむことが出来るのです。
私は旅もカラオケもほとんどひとりです。
知り合いの中には、仕事では一人で出張にいくのに「とても一人で旅行にはいけない」という方がいます。
カラオケも今ではひとりカラオケの認知度も上がってきましたが、かつては無理という方がほとんどだったでしょう。
要は捉え方次第なのです。
引きこもりの方も、少なくともご家族と同居されている方は孤独ではありません。
もし家族と関わろうとしていなかったとしても、関わらないという意志表示をする相手がいるからです。
独り暮らしをされている方も、真の意味で孤独ではありません。
直接人との関わりはなくても、例えば生活に利用しているアイテムの向こうに、その制作や流通に携わった人がいるからです。
顔も名前も知らない方に、誰しも生活を支えられているのです。
意識を向ければ、身の回りのものだけでなく、自然物にも繋がりを感じることもできます。
そのような捉え方をすれば、「孤独は寂しい」「孤独ではいけない」という観念は幻想だと言えるのではないでしょうか。
全ての捉え方(観念)を変える必要はないと思います。
この社会で暮らしてく上で、必要な観念もあるからです。
ですが、あなたの苦しみや悩みの元となっている観念があれば、少しでも変えていけるといいのではないでしょうか。
「観念の法則」についても、私のメルマガで無料で学んでいただけます。
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