発達障害の方が体験している世界





こんにちは。
「心の自立支援員」幸来(サチコ)です。



発達障害の有無に限らず、他者がどんな世界を体験しているかなんて、分からないですよね。

なのに、自分と同じ世界を相手も体験していると勘違いして
「当たり前」
「普通◯◯でしょ」

という言葉をあまりにも簡単に使っていませんか。

大多数の人にとっては当たり前かもしれないことでも、目の前にいる相手にとっては、当たり前ではないかもしれません。


例えば、私が勤務している児童発達支援・放課後等デイサービスでは、こんなお子さんが居ます。

・なだめようと抱っこすると、ますます大泣きして暴れる

・お昼寝するとき背中をトントンすると号泣する

お子さんなら誰でも抱っこを喜ぶと思っていませんか?

背中をトントンすると落ち着いて寝付くと思っていませんか?


感覚が過敏なお子さんは、そもそも触られることが不快なのだそうです。

なので抱っこもトントンもNGなのです。

このお仕事に就いて初めて、そういうお子さんもいるのだと知りました。


今振り返ると、私の子どもも少しだけそのような傾向があったかもしれません。

抱っこをせがまれることもあったので、必ずしも抱っこが嫌ではなかったと思いますが、泣きながら腕の中で暴れることがしょっちゅうありました。

寝かしつけるときも、背中をトントンするより、私の髪を両手でグシャグシャにして眠っていました。

私もうっかり一緒に朝まで寝落ちしてしまうと、まだ当時は毛髪が太かったものですから、寝癖を直すのに一苦労でした(笑)



このように、良かれと思ってしたことでも、当たり前だと思っていたことも、相手にとってはそうでないことがあるのです。

でも、初めからそれに気付けなかったからといって、落ち込む必要は無いと思います。

冒頭でお話ししたように、相手の体験している世界は相手にしか分からないからです。


ではどうすればいいのでしょうか。

それは、理解しようとするしかないのです。



そのような姿勢が、相手を受け入れることであり、尊重することにも繋がるのです。

そして理解する姿勢を示すには、「当たり前」だというのは単なる個人の「思い込み」だと気付くことが大切です。

ここで唐突ですが、ソクラテスという古代ギリシャの哲学者をご存じでしょうか?

「ソフィスト」という当時の知識人に問答をふっかけて、彼らが「知っている」と思っていたことは「思い込み」でしかなく、物事の本質を何も知らなかったと気付かせるということをしていたのです。

これが、いわゆる「無知の知」と呼ばれるものです。


極端な例かもしれませんが、「当たり前」に対しても、疑問を持つところから「知る」「理解する」が始まるのです。

相手の「当たり前」の全てを受け入れろというつもりはありません。

例え相手の世界があなたの理解を超えるものであったとしても、生きている世界は人それぞれだという前提に立てば、否定的に見る気持ちが減ってくるかもしれません。


勤務先で関わっている他のお子さん達でも、
「何故こんなことするのかなぁ・・・」
と思う場面は多々あります。

そんなとき、つい反射的に、驚いたり叱ってしまうこともあります。

ですが、相手もそんな私の言動に疑問を持っているのかもしれません。


ソクラテスではないですが、ひたすら問い詰められたら、その疑問にどれだけちゃんと答えられるのでしょうか。

私が「当たり前」と信じている世界観も、そんな曖昧なものでしかないのかもしれません。

「心の自立」という心のあり方を学ぶことで、そのような視点に気付くこともできるようになりました。

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この記事を読まれて、ご自分の「当たり前」に少しでも疑問を持たれた方は、ご登録いただけると嬉しいです。

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