不登校といじめ
こんにちは。
「心の自立支援員」幸来(サチコ)です。
最近では上位ではないようですが、
不登校の原因の1つにいじめがあると思います。
いじめといってもその内容は多岐に渡ります。
ちょっとしたからかいレベルのものもあれば、
犯罪とみなしていいものもあります。

平成25年度に制定された
「いじめ防止対策推進法」によれば、
「いじめ」とは、
『「児童生徒に対して、当該児童生徒が
在籍する学校に在籍している等
当該児童生徒と一定の人的関係のある
他の児童生徒が行う心理的又は物理的な
影響を与える行為(インターネットを
通じて行われるものも含む)であって、
当該行為の対象となった児童生徒が
心身の苦痛を感じているもの。」とする。
なお、起こった場所は学校の内外を問わない。』
と定義されています。
一言で言ってしまうと、「いじめ」とは、
いじめられている側が、相手の行為によって
心身の苦痛を感じているか、
つまり「いじめ」と
感じているかどうかで決まるということになります。
いじめている側や第三者の客観的判断が、
「いじめ」の認定には影響しないということです。
そして、同法では、いじめに対する措置として、
いじめを受けた側の児童生徒が安心して教育を受けられるよう、
いじめた側の児童生徒が別室で授業を受けることや、
犯罪行為として取り扱われるべきと認められるいじめについては、
警察の介入も含めた対応を行うような規定もあります。
(同法第23条4項及び6項)
現在の学校でこれらの点についてどこまで
踏み込んだ対応がなされているのかは
分かりませんが、
私は個人的に常々思っていました。
なぜ、いじめられている被害者の側が、
不登校や保健室登校、果ては転校せざるを得ない
状況に追い込まれなければならないのか。
いじめられている側の教育を受ける権利が
守られていないのではないか。
これまでも「教育的指導」で何とか解決しようと
学校側も努力されていたかと思うのですが、
かつての「指導」の効力が発揮できるほど
残念ながら現在の「先生」の立場や社会的地位も高くありません。
「学校」や「先生」を畏れ敬う風潮が失われているからです。
犯罪レベルの重大事案だけでなく、
気楽に(?)警察が介入できる環境も必要ではないでしょうか。
それに、もし同じ行為が学校外で行われたとしたら、どうでしょうか。
「ちょっとしたからかい」でも、
相手が精神的苦痛を受けたのなら、
法的手段の対象となり得るのではないでしょうか。
そのような行為を
「学校」や「教育」という言葉が間に入ると
途端に「いじめ」として軽く扱われてしまうのです。
被害者の心情や苦痛を思うといかがなものかと思います。
少し話は変わりますが、冬ドラマのクールで
「良いこと悪いこと」というドラマを見ていました。
簡単にあらすじを説明しますと、
小学校の同窓会のシーンから始まり、
タイムカプセルから6人の顔が塗りつぶされた卒業アルバムが出てきました。
6人は小学校のときのいじめグループで、
同窓会の後、次々と謎の死を遂げていきます。
最初はそのグループにいじめられていた子が
犯人として疑われるのですが、その真相はいかに…という話です。
このドラマでいじめられていたのは「ドの子」
というあだ名の少女なのですが、
彼女の心の傷は相当深いものでした。
このドラマのように、いじめられた側は
一生の傷を負い、人生が台無しになることもあるのです。
なのに、いじめている側は
自分がいじめているという自覚がない場合もあります。
「ちょっとからかっただけ」とか
「言い返してこないから平気だと思った」とか
「わざとじゃない」とか
またいじめている自覚があったとしても
「いじめられる方が悪い」
「やりかえしてこない方が悪い」
そんな身勝手な言い分がまかり通ることに
普段あまり怒らない私でも憤りを感じます。
先程のドラマでも、
「ドの子」が初めてのいじめを受けるシーンが出てきます。
縦笛の「ド」の音が上手く吹けないことを
いじめグループのリーダーにからかわれたのです。
あのような場面で「ドの子」が
「うるせーバーカ」とか言い返せる子だったら、
更なるいじめに発展しなかったかもしれません。
いじめる側はいじめられる側の
反応が見たいだけで、
それがいじめだと認識していないのです。
相手に負けないリアクションが返ってくれば
その場限りで収まることもあると思います。
でも「ドの子」は内気で言い返せない子どもでした。
私も「ドの子」ほど内気ではないですが
言い返せない性質なので、
ドラマを見ていて切ない気持ちになりました。
そして、言い返せないだけでなく、どこにも
相談できない人も多いのではないでしょうか。
スクールカウンセラーを始め、
相談できる機関が格段に増えているにも関わらず
いじめも不登校も増えているのです。
自分の問題は
自分で解決しなければならない。
いじめも、
学内で起こったことは学内で解決しなければならない。
不登校も、
どこにも相談できずに家族や学校で解決しなければならない。
そのような個人や社会全体の思い込みが、
余計に当事者を苦しめていると思います。
私も中学の頃、自分が受けたいじめについては、
親にも学校にも相談できませんでした。
いくら相談機関が増えても、
本人が相談する意志がなければ話は進みません。
カウンセリングや精神科への受診もそうですが、
そのようなところに行くこと自体に
後ろめたさや恥ずかしさを感じる風潮があります。

そして、相談しても、思ったようなアドバイスが
返ってこないこともあるでしょう。
アドバイスどおりにしてみても、
上手くいかないこともあるでしょう。
私自身も子どものことで相談しても、
返って失望したり、
相談しても無駄じゃないかと感じたこともありました。
でも、心の学びをするようになってからは、
当時は疑心暗鬼だった数々のアドバイスも腑に落ちました。
上手くいかなかったのも、
そもそも私の心のあり方が整っていない
ことが原因だったと分かりました。
相談は必ずしなければならないものではありません。
相談しても必ずしも望む結果が出るわけでもありません。
それでも、
「相談してもいいよね」
「相談できるところがある」
「あそこがダメでも、ここがあるよね」
そう思えるだけでも、心が軽くなるのではないでしょうか。
そして、いじめも不登校も、
それを解決することも大切ですが、
そのためには、まずはご本人の心に寄り添うことが大切です。
『ツラかったね』
『哀しかったね』
加害者や学校を糾弾することより、
まず先にご本人にそのような言葉を投げかけることができる。
そんな心のあり方が、
私がお伝えしている「心の自立」です。
問題解決も大切ですが、
まずはご本人の気持ちを受け止めることが
ご本人の心の救いとなります。
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